戦人塚と曹源寺

中京競馬場前駅の近くの安藤書店で、南方随筆荻原星文館1943年、南方随筆復刻版沖積舎1992年ほか関連書物数冊をゲット。

南方随筆はいくつかのバージョンがあるが、比較研究などはまだ行われていないはず。そのうちどうにかしないと。

前後神明社は前後村の鎮守社。1616年の創建と伝えられる。

それから戦人塚である。

桶狭間の戦いでは、今川方に約2500名の戦死者が出たとされる。その遺体を、近くの曹源寺の快翁龍喜が明窓宗印に命じ、村人を動員させて塚をつくって埋葬したと伝わる。

このあたりにいくつか類似の類似の伝承をもつ塚があるが、これもそのひとつ。

かつては駿河塚と呼ばれていたという

そして最後に曹源寺へ。

かなり立派な寺である。江戸期からこの付近の曹洞宗中本山の格式をもっているとか。

山門は1717年、大庫裏は1805年のもの。

今川義元はじめ各武将の位牌もあるらしい。

ちなみに、いまでも毎年6月第1土曜日には、住職が戦人塚で法要を営んみつづけている。

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